ダイアナ妃の事故死はマスコミのせい?事故死の真相とは?

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ダイアナ妃は悲劇のプリンセスと呼ばれ、その生涯は伝説となり、映画や本などで構成に語られています。

そんなダイアナ妃は、1997年8月30日の深夜、交通事故により亡くなりました。

この交通事故ですが調べてみると陰謀説や他殺などいろいろ噂となっております。

そこで本日はダイアナ妃の事故死について、真相についてしらべてきました!

題して、『ダイアナ妃の事故死はマスコミのせい?事故死の真相とは?』についてまとめてきましたので、最後までご覧いただけましたら幸いです!

 

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ダイアナ妃の事故当日について

1997年8月31日に入った0時20分ごろ、ダイアナ妃の交際相手のドディ・アルファイドのアパートに泊まるべく、予約していたオテル・リッツ・パリから車で出発。

運転席にはアンリ・ポール、助手席にはボディーガードのトレバヴァー・リース・ジョーンズ、そして後部座席にドディとダイアナ妃の4人だった。

4人を乗せた車は、追跡してきたマスコミの車をまこうと150キロとスピード違反な速度でアルマ広場下のトンネルで他車をよけようとして中央分離帯に突撃し、4人中3人が死亡。

生き残ったのはジョーンズ一人のみで、ジョーンズ以外はシートベルトを締めていなかったために、死亡したと考えられる。

事故直後、追いかけていたマスコミと通りがかりの医師によりダイアナ妃を車から出し、最寄りのサルペトリエール病院へと搬送された。搬送時は意識があったものの、頭部と胸部はひどい傷を負っており、病院搬送後、死亡が確認された。

ダイアナ妃の事故死の真相

ダイアナ妃の事故死の真相は、マスコミが追い回したから、運転手の運転過失がダイアナ妃の事故死につながったと考えられています。

当時、運転手を務めていたアンリ・ポールは処方箋の服用に加え飲酒をしており、マスコミを振り払おうと、猛スピードで走ったことが事故の直接的原因だと語られています。

なんとも残念な事故でしょう。

当時、マスコミがダイアナ妃にもたらしたのはプラスより、マイナスの報道の方が多かった。どこのマスコミもダイアナ妃のスキャンダルを求めていた。

また、日本ではあまりなじみのないことですが、外国のマスコミ(パパラッチ)は一般人が行っていることが多く、撮った写真や動画は高く売れて出回っている。

例えばダイアナ妃がドディと洋上で戯れている写真には600万ドル(6億6千万円)の価値が付けられていたという。

 

ダイアナ妃暗殺という陰謀説

陰謀説を唱えたのがモハメド・アルファイド氏である。ドディの父親です。

未来の英国王がアルファイド一族となるのを阻止するため、母親候補をイギリス政府が暗殺したと主張しました。

この陰謀説は現在のイギリス国民にも根強く残り、議論が続いています。

 

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まとめ

本日は『ダイアナ妃の事故死はマスコミのせい?事故死の真相とは?』について書いてきましたがいかがでしたでしょうか。

ダイアナ妃は積極的に慈悲活動をされており、イギリス国民だけでなく世界中の人から愛されていました。

そんなダイアナ妃ですが、36歳と若くして亡くなってしまうのは実に悲しい話です。

そして、マスコミに毎日のように追いかけられて大変な日々を過ごしていたことでしょう。

そんな悲劇のプリンセスは今でも、この先ずっと人々の記憶に残り続けることでしょう。

 

 

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